○○サークル

若さを保つ


人体は,植物や動物たちの体と同様に個々の細胞から成り立っています。

成長分裂の過程を幾度も繰り返して,この一単位の細胞の核が無数の細胞となって完全な体となります。

これらの細胞たちは,それぞれ異なった特殊な機能を営みます。

それは世代から世代へと潜在している神の力,すなわち,この地球に始めて生命が出現した時まで遡り得る万世一系の生物の活力を伝えています。

この個細胞には限りなき若さという活力が秘められています。

肉体と呼ばれている細胞群は,それは幾回もの増殖を繰り返した個細胞から起こったものです。

個細胞の個性は,潜在的な生命の火,すなわち,永遠の青春を保っています。

細胞群である肉体は,個細胞の守護役となっていますが,その生存期間は短いのです。

私たちの古代の聖師がたは直感によって,植物と動物との生命反応が基本的には一致しているという真理を知っていました。

わたしたちには,これらの古代の聖師が鬱蒼たる菩提樹の下で,弟子たちに次のようにお説きになりました。

この巨大な樹を見てください。われわれの同胞であるこの樹と,われわれ自身の中の生命の営みは,基本的に同じです。

一番古い菩提樹の葉や梢の芽を見ると,なんという若々しさでしょうか。

この巨木となる前の種子だったとき同じ若さです。

樹と人との生命反応は同じですから,人は樹の経験からも,学び取ることができます。

この樹の若き種子から一番古い巨木となっても,尚且つ葉や梢の芽が出るように,人体を形作っている細胞群も次第に,その活力を失って,ついに死に至る必要はないのです。

卵子あるいは個細胞自体のように,若々とまた青々と伸びることもできるのです。

事実,みなさんの肉体にしても,生まれ出る前の生命種子のように,いつまでも若く活力溢れるような生長ができないわけではないのです。

菩提樹は常に永住の象徴であり,外部からの事故以外の原因で枯死することはありません。

菩提樹には,細胞の生命エネルギーに有害な影響を与えるような腐朽とか,老衰とかいう自然法則があるとは考えられません。

神聖なる人体もまた同様です。

人間の場合もまた,事故でない限り死や老朽というごとき自然律はありえません。

人間の肉体または細胞群には,不可避の老化とういものや人を次第に麻痺させるようなものは何等存在しません。

だから死という事故は避けられるものです。

病とはとりわけ安らぎからの分離です。

安らぎとは,心を通して肉体に映じた魂の甘美な喜ばしい平和の状態です。

人間には老衰の体験が共通しています。

この老衰という言葉自体が,老衰の原因である心と肉体とのある病気の状態についての人間の無知を覆い隠しています。

事故でさえ適当な精神状態にあれば,これを防ぐことができるものです。

体の調子は,ペストや流感のような伝染病,そのほかの病にも,自然にかつ容易に抵抗して維持されるようになっているといわれています。

シッダは,細菌を飲んでも決して病にはかかりませんでした。

人間の本来の姿である神人に植え込まれた神の愛の種子が,若さであることを忘れてはなりません。

事実,若さとは人間の内なる神性であり,若さは霊的生命,美的生命の謂れです。

生きて愛するのは生命のみです。

永遠の一なる生命のみです。

老齢とは,非霊的,死すべき定めの醜き非実在です。

恐怖,苦悩,悲哀の老年という醜きものを作り出しているのです。

悦び,愛,理想の思いが,若さの美を創り出します。

老齢とは,ひとつの殻のようなものです。

その奥に実在の珠玉,若さという宝石が秘められています。

努めて子供心を持つようにすることです。

わが内なる神なるこの姿を霊視するといいでしょう。

寝入る前に

「わが内はつねに若く,常に美しい霊的な喜びで満たされている。わが心も目も鼻も口も皮膚も美しい霊体です。私の体は,神の子の体であり,今宵いま完全です。」と自分の体に語り聞かせることです。

この祈りを繰り返し,寝入りながら静かにそのことについて瞑想することです。

朝は起きながら,自分自身に次のように暗示します。

「自分の名前を呼びながら,さあ,愛するものよ,内には神聖なるアルケミストがいるよ」と。

夜中植えつけられたこの祈りの霊的力によって変性(トランスミューティーション)が起こり,内部すなわち霊なる実像が開顕して,霊的な体,霊的な宮に浸透していきます。

内在のアルケミストが,死せる細胞,疲れ果てた細胞を捨て,金のごとくに新しい細胞という純金を創り出し,永遠の健康と美とを現していきます。

永遠の青春こそは,真の神の愛の証拠です。

神聖なるアルケミストは,わたしの内にあり,新しく美しき嬰児なる細胞を創り出します。

わたしの宮なる神聖なる体の霊があり,すべては善し。平安があるように。

幼子のように愛らしく微笑む訓練をすることです。

魂からの微笑みは霊的くつろぎです。

本当の微笑みは美しいものです。

「わたしは,全世界の人々に対して親切な想いを思います。

世の人々がすべて幸せになりますように。

恵まれてありますように。」と祈ります。

一日の仕事に取りかかるまえに,

「わたしの内にある完全な姿,神の姿があります。わたしは今,わたしが欲するすべてとなっています。

わたしは,毎日わたしの美しき実相を霊視し,それを実現します。わたしは神の子です。

わたしの欲するものは今,永遠に与えられつつあります。」と確言します。

体がぞくぞくするほど感動する習慣を養いましょう。

「無限なる愛がわたしの心に満ち,わたしの肉体は完全なる生命で戦慄します。

みなさんの周囲すべてを明るく美しく保ってください。

ユーモアの精神を培い,日光を楽しみましょう。」

参照:ヒマラヤ聖者の生活探求T「若さを保つ秘訣」